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佐藤秀裕氏を偲ぶ-(1) [故 佐藤秀裕氏]

私と佐藤秀裕氏との出会いは、
私が全国拓塾第三期生として入塾してからの事です。

当時、「私は本当の意味で明るい社会を作りたいと」
様々な所を探し求めて、その道を真剣に求めていました。
ある種、その為に苦しみに近い状態で探し求めていました。
そんな時に、全国拓塾の募集の資料をみて「これだ!」と、
ひらめきに近い物を感じ、全国拓塾に応募させていただき、
図らずも、入塾通知をいただき佐藤秀裕氏との出会いが始まりました。

全国拓塾での様々な講義は、
講師陣には、国会議員の方や第一線で活躍されている方々や、
松下政経塾との意見交換会など、
私にとっては、とても大きな衝撃となり、
その後の人生を左右するものとなって行きました。

塾生時代の思い出には、
実践活動として、私の地元の青年会議所のメンバー3名と私一人で、
夜遅くまで、明るい社会づくりについて激論を交わした事が、
とても印象に残っています。
その時の青年会議所のメンバーが後に、
私が言いだした、「明るい社会を作ろう」の企画に賛同してくださり、
地元の市と山梨県が補助金を180万円程出していただき
とても大きな企画になって行く事が、私を大きく勇気づけてくれました。

全国拓塾を卒塾後は、運営委員として声を掛けていただき、
塾生とはまた違った角度で、
明るい社会づくり運動について勉強をさせていただきました。
その間に数多くの事を学ばせて頂きましたが、
佐藤秀裕氏と共に伺った、名古屋の拓塾や加賀の拓塾などでは、
地域の明るい社会づくり運動の実態を知る良い機会となりました。
また、佐藤秀裕氏などと回った、
福岡県の明るい社会づくり運動の事も昨日の事のように思い出します。
特に、私を名古屋拓塾や長野県の地域の明るい社会づくり運動の、
講師として派遣していただいた事は、
色々な面で、本当に勉強させられた事を思い出します。

それらの事を振り返る度に、私は佐藤秀裕氏に出会えた事に感謝しています。

また、佐藤秀裕氏は本当に真剣に明るい社会づくり運動の事を
考え、真剣に行動を起こしていたと思っています。
その道は、本人の著作物を拝見させて頂くと、
まさに求道そのものではなかったと思います。
明るい社会づくり運動の道をひたすら求め極めようとしていた
姿を見る事が出来ると思います。

全国拓塾の塾長を退いた後は、
あえて、明るい社会づくり運動の事は封印したと聞いていますが、
私は、佐藤秀裕氏の表面上はそうだったかもしれませんが、
その身中は、明るい社会づくり運動のいく末を、常に案じていたと思っています。
また、亡くなった現在でも案じていると思っています。
別の言い方をすると、佐藤秀裕氏は、
生涯を明るい社会づくり運動にささげた人だと言っても
過言ではないかと思っています。

心からご冥福をお祈りいたします。
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庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページはこちらです。
              http://www.meisha.me/
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