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庭野日敬師が提唱された明るい社会づくり運動の取り組みとは、 [インタネット講座「拓塾」]

私は、庭野日敬師が

明るい社会づくり運動を提唱され、

多くの人達の支持いただき,

今日までその活動がくり返し継続されている事は、

日本の歴史の流れの中でどのような意味を持つのか、

持たないのかを、

検証する事はとても大切な事だと常々考えています。


そこで今回は、

元明るい社会づくり運動全国拓塾長でありました、

佐藤秀裕氏の著書の中に、

とても大切な事を述べている文面がありましたのでご紹介致します。



river_00039-13.jpg



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「個人」と「全体」の関係 - 理論的課題の克服


仏教学者の見解によると、

現在、仏教は信仰として日本に定着しているが、

これからの仏教の課題として、

仏教と社会・国家の在り方は、

どう説明されていかねばならないのか、

哲学的検証が必要だと云われている。



「個人救済」の教えと言われる仏教が、

社会とか「全体の救済」の理論として展開されていけるか、

このような理論的課題が残されている事は、

また多いなる楽しみもある。


この頃、私は明るい社会づくり運動は、

立正成佼会にとっても大きな役割と使命があることを強調していた。


大教団である立正佼成会は、

すでに社会的に無視できない存在となり、

同時に同会の社会的責任も大きくなってきている。


社会的矛盾や苦悩が

個人や家庭に及ぼす時代になっており、

同会の活動もこれまでのように貪、病、争、

といわれる個人・家庭の苦悩に応えていく、

いわゆる「個人苦」の対応から

「社会苦」に対処できる目を拡げていかねばならなくなっている。


これからは、

個人だけでなく

個人の集合からなる

社会という「全体」に対応することが要請される。


従って、社会の動向に対しでき得る限り、

あらゆる角度からの厳密な検討を加え、

社会の諸現象の本質を把握していく努力が必要となる。


明るい社会づくり運動を通して、

あらゆる立場、関係者の人間性にふれ、

共通の意識で共同のテーマに取り組んでいく行動に、

社会人の一人として託された責務があろう。

新しい社会建設に向けて、

明るい社会づくり運動の推進力となっていくことが、

これから特に宗教を奉ずる人の姿勢ではなかろうかと。


「明るい社会づくり運動 行動と理念」 日本を支える大きな蜒りに より 
               初版 昭和61年6月1日 (p29~30)
               著者 佐 藤 秀 裕
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

佐藤秀裕氏は当時の時代背景を含め、

この明るい社会づくり運動の

大きなターニングポイントを的確にとらえていると思います。


以前に記載させていただきますが、

庭野日敬師の明るい社会づくりに対する

お考えなどをかみ合わせると、

とても意義深く大切な内容のお話です。


私は、これからの明るい社会づくり運動には、

このような視点や

感性を持ち合わせるリダーが

必要不可欠だと思っています。


私の来年のキャッチフレーズも、「前に、さらに前に前に・・・・・」


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページ
              http://www.meisha.me/
☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆

庭野日敬師の考えていた明るい社会づくりとは何か、 [インタネット講座「拓塾」]

以前、庭野日敬師から
こんな事を教えていただいた事を思い出します。

物事が成就するのには、
「天の利・時の利・人の利」が揃わないと、
なかなか物事が成就しない事を。

ですので私は、
それぞれの方々がお互いの目標に向かって、
精一杯の努力が、
出来たのか・否かを問う事が大切だと思っています。

そして、お任せをして
依頼をすべきところはお願いをし、
自身ですべきところはキッチリと、
精一杯の努力をする事が大切です。

すると、
「物事の結果は、後から付いてくる物だ。」
と考えています。

もし、私達のしようとしている事が
本当に大切な事で、
「天の利・時の利・人の利」が揃わないとすると、
時を待つゆとりも、
とても大切なポイントであります。


IMG_20180425_115717.jpg



ところで、
明るい社会づくり運動について、
庭野日敬師は以下の事をおしゃっています。

あなたには、どこまでの事が理解出来ますか。

またどこまで実践出来ますか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

最近、いい言葉を学びました。

アメリカへ出かけた折、

ホテルで読んだ山田無文老師のご本に、

臨済の教えが出ておりました

「無位の真人」いう言葉ですが、

なるほど昧わいのある、いい言葉だと思いました。


だれもが自分は凡夫なんだ、

と決めてかかっている世の中ですが、

それを自分には何の位もないが、

われこそ真の人間なんだという

自信に変えていったら、

それだけでも世の中は明るくなるはずです。


また、それを説くことによって、

集まってきた人たちに、

参加を呼びかけていく場所をつくることができれば、

第一段階の成功といっていいでしょう。


むろん、この運動を

立正佼成会のためにしようとする気持ちはありません。


第一、宗教協力といった言葉一つにしても、

ただ教団を大きくしたいというだけのことなら、

無駄なことです。


協力し合うからには、

他の宗派の人たちに向かって、

「あなたのところより、

うちの教団のほうがいいからいらっしゃい」とは

言えるわけがありません。


明るい社会づくり運動も同じです。


ところで、「国民皆信仰」は、

新宗達がめざす四つの柱のうちの一つですが

この目標を果たすためには、

なんらかの形で、

これが宗教者の生き方だという行ないも

見ていただきたいし、

話も聞いていただきたい、

と私はかねがね考えていました。


それに沿って提唱してきたのが、明社運動です。


また、そうしてお互いが相手を尊重し合って、

仏性を拝みながら協力していけば、

この世の中はたちまち極楽になると確信しています。

(中略)

この世を極楽にするもしないも、

心の置きどころ一つですから、

集まってくる人びとが

真の人間になれるか、

なれないかによって、

それが決まるのです。  
    


 (昭和53年・11付・機関誌「佼成」)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



いかがでしょか。

あなたにはどのように響きましたか。

それそも、あまり響かなかったでしょうか。


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページ
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現代社会の事実と真実を見極めよう! - 庭野日敬氏が提唱した明るい社会づくり運動に付いて [インタネット講座「拓塾」]

例題  テーマ:TPPの実態とは

今、まさに日本の今後の行方を決めようとしているTPPの行方はどうなるのかが、

どなたも気がかりになる事だと思います。


マスコミで報道されている事が本当に事実なのか!

いや、TPPの導入に関して真実はどうなっているのか!


私達は、とかく表に出ているマスコミ報道だけで判断してしまいがちですが、

TPPの事実と真実をしっかりと見きわまる事はとても大切な事です。



IMG_20180425_115634.jpg



1、自身の、眼で耳でまた足で、その事をしっかりと見極める。(実態を把握する。)

2、TPPの事実や真実の実態を把握して上で、あなた自身の判断をする。


この事が、今のリダーに求められている事です。

今の政府や民主党や自民党、またその他の野党の方々は、

何を考えて、何をしようとしているのかを、していないのか。

しっかりと把握し見極める事が大切です。


参考動画<You Tubu >
【長尾たかし&三橋貴明】民主党・TPP党内議論の行方[桜H23/11/8]
http://www.youtube.com/watch?v=jiN0UIk8hVA


私が今回、申し上げた観点でTPPの行方を見守って行くと、

また、別の物が見えて来ると思います。



そんな観点で、

庭野日敬氏が提唱した

明るい社会づくり運動を眺めて見てみてください。

あなたには、何が見えて来ますか。



私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページはこちらです。
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明るい社会づくり運動の次世代のリーダー育成が必須ではないのか [インタネット講座「拓塾」]

私が以前に行いました、

明るい社会づくり運動の実態調査から

様々な事を教えていただきました。

その中には、

順調に活動を進めている地域もありましたが、

逆にまたそうでない地域もありました。

また、

順調に活動を進めている地域と、

またそうでない地域の中にも、

共通点がある事が分かりました。


IMG_20180425_115634.jpg


私は、明るい社会づくり運動が

今後さらなる飛躍をして行くためには、

現状の利点と

不利点の解析をする事が

必要不可欠になると思います。


その為には、

現状がどうなっているのかを

知る必要があると思っています。


現状の把握を行い、

現状の分析がしっかり出来ない限り、

本当の意味での

利点と不利点の解析が出来ません。


また、正確な現状の把握や分析が出来ない以上、

その為の効果的な

対策を講じる事は難しいと思います。



その為には、

時には辛い現実とも

向き合わなければならない事もあると思います。

でも、そこから逃げる事無く、

前向きに取り組む姿勢を示す事が

求められていると考えます。



私の所にお送りいただきましたメールの中に、

大変重要な意見をお持ちの方がいらっしゃいました。


その方は長年の間、

明るい社会づくり運動に携わって来られた方です。

また、庭野日敬師の思いを理解し、

ご自身の地元で大変に努力された方です。

それだけに、

明るい社会づくり運動の実態を

ご自身の目でしっかりと見つめ、

現状を把握している方です。


そして分析をなされ、

課題点からその対策までを

しっかりとしたお考えをお持ちの方です。


以下に、ご紹介をさせていただきます。

~~~~~~~~~~~~~~


報告書より

 明るい社会づくり運動の組織において

地区協議会が当面する共通課題として、

役員やリーダーの高齢化や不足に悩み、

世代交代が進まずそのまま組織の活力の停滞を招き、

有効な手を打てないまま

組織の解散や運動の実態のない地区もでてくるようになった。


IMG_20170502_155703-1.jpg



 停滞を招く原因として

リーダーの意識に大半の理由があるように見受けられる。


役員としては会員から会費や協賛会費を募り、

運動方針を決めた以上

活動をやめるわけにはいかないと考えてはいるが、

意識がそれ以上でも

それ以下でもなく活動は一応継続されているが、

活動の範囲を広げたり

頻度を上げたりといった発展的な取り組みに欠けており

現状維持ということになる。


したがって新たなメンバーが

加わるチャンスも生まれにくいという

悪循環が生まれくる。


 さらに
「中心となり、下支えするメンバーが不足している」

ということについては

組織の中で

リーダーの育成がうまくいっていないという

状況も見えてきます。


従って必然的に、リーダーの世代交代は難しくなります。


 昭和40年代後半に先駆的リーダーにより、

全国の都道府県を網羅するかたちで

上位下達方式に組織化された明社運動は

任意団体 ― 法人化 ― 任意団体と組織も変遷してきた。


 運動提唱者の精神を原点として

自治体単位に組織化され、

地域に根づいた活動を推進してきているが、

どちらかと言えば、

「大勢で一緒にやる」エリア型の活動は伝統的に強いが、

テーマ型を目指す

NPOやボランティアグループのような

NPO型の活動は不得手であった。


従って地域のネットワーク化を

目指し法人化されたときには、

エリア型活動で進んできた

伝統的組織である明社組織内に、

少なからず混乱をきたした。


river_00027-1.jpg


 明るい社会づくり運動が

取り組むテーマがエリア(地縁)型であれ、

広域にわたるテーマ型であれ、

永年の間、

当面している課題解決のための

取り組みに没頭するうちに、

取り組みそのものを

維持することが目的化してしまいがちで、

そこには、

課題の変化が見えなくなってしまい、

柔軟な対応ができず組織の硬直化を招くという

落とし穴があったのではないかと思われる。


 特に次世代や若者が参画するような企画が少なく、

組織が新たな課題に

チャレンジするエネルギーを得るという

大事な側面が欠落している。


課題の変化に対応するという

組織の柔軟な取り組みが

様々な世代が関わり合う

環境をつくることによって可能となるが、

次世代との協働をすすめる取り組みが

組織の柔軟性を生むことで

活動が活性化するということもあるわけです。


kis0107-049.-12jpg.jpg


従い、テーマ型にせよエリア型にせよ

組織の結束が維持されていくには、

この点の理解をもとに

組織内部の役割分担を明確にして

機能のすみわけについて

合意を得るということが、

まず内部の協働力を強めるポイントであると考えられる。


それを課題としてとらえるならば、

課題の変化に対応するチャレンジを積極的に行うこと、

組織の活動や運営の中に

積極的に異世代協働をつくりだすことが

大切だということになります。


そして責任ある活動ができるように研修や養成の機会(人材養成事業)を

具体的に用意する取り組みが大変重要です。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

お互い様に、様々なご苦労があると思いますが精進・努力して行きたいと思います。

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
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私が大切にしている庭野日敬師の言葉 [インタネット講座「拓塾」]

私は庭野日敬師のお話になる事の中で、

大切に心刻んでいるお話がたくさんありますが、

今日は、その中でも

特に大切にしている物の一つご紹介します。


IMG_20180425_115529.jpg


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


仏さまの近くにいる人


「私の衣に触れるほど近くにいても、

欲望や怒りに振り回され、

放逸にふける人は、


私から遠く離れている人である」と、

お釈迦さまはおっしゃられています。


そして、

「たとえ私から百里も離れた所にいたとしても、

欲望や怒りを離れ、

放逸に陥らない人は、


私のいちばん近くにいる」と教えられるのです。


いつもお師匠さんの近くにいると、

いつでも教えを聞けるようなつもりで、

つい慣れっこになってしまい、

その言葉の一つ一つの大切さに

気づけなくなることがあるのですね。


反対に、

お師匠さんから遠く離れていて、

滅多に教えを聞くことができないからこそ、

その教えのひと言ひと言に真剣に耳を傾け、

その教えを命がけで守ろう、と精進を怠らない人もいます。

「仏の山に鬼が住む」という言葉がありますが、


慣れが、

つい油断を生んでしまうのです。これが大敵です。


ご法の真理は、

自分をなげうって教えを行じてこそ、そのはたらきが見えてきます

どこにいようと、その法を見る人こそが仏さまのいちばん近くにいる人であり、

仏さまのご守護に包まれる人なのです。



庭野 日敬 著 『開祖随感』より


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


あなたは、いかがですか。


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
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庭野日敬師はなぜ、明るい社会づくり運動の大導師はご本仏様と言ったのか。 [インタネット講座「拓塾」]

庭野日敬師の残された著作物を拝見させていただくと、

色々な面で非常に勉強になります。

特に感心する事は、

難しい事をわかりやすく丁寧にお話していただいている点です。

また、お話していただいている事がとても奥深いので、

お話がわかりやすいだけに、

とても大切な事をつい、何気なく見過ごしてしまう事があります。

私などは、勉強不足ですのでなかなか真似する事は出来ませんが、

いつの日のか、

難しい事をわかりやすく丁寧にお話し出来るようになりたいと思っています。


river_00039-13.jpg


ところで、

庭野日敬師は、「明るい社会づくり運動の導師はご本仏様」と

おしゃっている事はご存じでしょうか。

【明社運動発足25周年を迎えて】庭野開祖に聞く、の

          http://www.meisha.me/h25.html

最後にはっきりとおしゃっています。

「明るい社会づくり運動の大導師はご本仏様」とは、

「いったいどういった意味なのでしょうか。

私は、この事にはとても奥深い意味があるように思って、常に大切に心に刻んでいます。

ただ残念なのは、私にはこの事を他の人に、わかりやすく説明する事が出来ません。

まだまだ、私自身の未熟さが目立つばかりです。

どなたか、私と一緒に考えていただけませんか。

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明るい社会づくり運動を、ありのままに見る習慣を付けよう! [インタネット講座「拓塾」]

私達は毎日の生活習慣の中で、
日々起こってくる様々な出来事をどうしても、
日頃の生活習慣や、先入観念で物事を見てしまう傾向にあるようです。
おそらく、その方が楽なのかもしれません。

IMG_20180326_090202.jpg

「以前はこのようにやっていた。」とか、
「おそらく、こうではないだろうか。」
その事が、事実なのか、そうでないのかを確かめる事を、
あまりする事はなく、日頃の生活を送ってしまうようです。

私は以前、全国拓塾の入塾式の時に、
佐藤秀裕氏のおしゃった言葉を忘れる事がありません。
佐藤秀裕氏は、
「これから全国拓塾で行われる研鑚を鵜呑みにしてはいけない。
自分自身の眼で確認し咀嚼し、自身の物にしなくてはいけない。」と。
おしゃっていました。そして、その先に以下の事があるように考えています。

一、自修自得-自修自得を基本として切磋琢磨・自己改革をはかる。
一、先駆開拓-進取の気性・開拓精神・意欲を養ない、時代の先駆けとなる。
一、知行合一-知識は行動してはじめて意義がある。行動につながる学び方を身につける。

そこで、まず私達に求められている事は、
日々、起こって来る出来事を、
自身の憶測や先入観念で見る事を一時休止して
「ありのままに見てみる。」その事がとても大切だと思います。

現在の

明るい社会づくり運動とは、いったいどのような運動なのか。

また、

明るい社会づくり運動とは、どういった活動体なのか。


その目的とは?。


その実態とは?。


このままで良いのか?。



一歩、その眼を転じて、

今までとは、

視点を変えて見る事はとても大事な事です。


そして、

外部の人達は明るい社会づくり運動の事を、

本当は、

どのように見ているのかを知る事は、

私達の活動を知る上で、

とても大きなポイントのなるはずです。


「自身の事を知らずして、他を知る事は出来ず。」



自己満足・自画自賛であっては、

いけないのではないかと考えています。


あなたは、どのように思いますか。


私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
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明るい社会づくり運動の庭野日敬師の真意とは [インタネット講座「拓塾」]

提唱者(庭野日敬師)の位置づけ

現在の、明るい社会づくり運動のあり方について
私が聞いている所では、
提唱者(庭野日敬師)の真意や願いを表面に出さない傾向があるようです。
これは、立正佼成会さんの本部の意向なのか、
それ以外のどなたかの意向なのか分かりませんが、そのような事があるようです。
それで本当によいのでしょうか。

それらの事を、庭野日敬師の著作物やお話になっている事の中で、
「どのようにすべきなのかを」、
再確認させていただくと、その答えは一目瞭然のようです。

但し、世の人々の中には様々な方々がいますので、
自身のエゴとか色メガネを通して物事をとらえがちですので、
それらの方々には、なかなか本来の姿がご理解いただけない事も、
残念ながら事実ではないでしょうか。

私なりに考える事の中に、
現在の立正佼成会さんの中には、
庭野日敬師のお考えや意向をご承知の方が多いと思っています。
それらの方々は、そのような現在の状況をどのように考えているのかが、
私は不思議でなりません。

この明るい社会づくり運動が全国各地で立ち上がる当時に、
以下の事が話題になった経緯がありますが、皆さんはご存じでしょうか。
もし、ご存じないようであれば是非とも心に置いていただきたい事であります。


IMG_20180326_090202.jpg


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
運動は自然発生ではおこらない。

 中央連絡会議、第二回目の会議で
「本運動の提唱者は、立正佼成会会長、庭野日敬氏とする」ということが承認された。
 今更、わざわざという考える方もあるが、これは大切な点だと思う。
大衆運動だから自然発生的に盛りあがったということではない。
誰かがきっかけを創ったり、与えることにより、火が付けられ、起きてくるものである。
きっかけが不明確のまま、市民運動で誰彼、関係なく自発的、自主的に参加していたら、
自然と大きくなった。だから特別、提唱者とか提案者などいない、という事はあり得ない。
全ての運動が自然発生的に、発展拡大していくものならば、世の中はもっと住みよい、
平和な社会はできていることであったろう。
よいことは自分の手柄とし、失敗、悪いことは他人事とする風潮なる故、
運動のおこり、きっかけを明確にする必要もある

一教団の会長でなく一宗教者の責務として提唱

 もう一つ、
「本運動の提唱者は立正佼成会会長、庭野日敬氏とする」というところから
誤解が生じていることがある。
一般的通念は、庭野日敬氏イコール立正佼成会と写っているのだから、
立正佼成会の社会運動、
もしくは、立正佼成会の活動の一環が明社運動ということに写る。
中央連絡会議の当初の頃、いつも話題になっていたのが、
「明社運動は立正佼成会の布教活動の一環なのか」ということである。
前にも書いておいたが、あまり毎度のことなので、
中央連絡会議世話人と提唱者である庭野日敬氏との懇談会をとりもったことがある。
                         (昭和五一年一月)
この時、庭野氏は二時間に亘る話の中で印象的なことを語った。
庭野氏は、「現在の世の中を暗くしている原因は、
エゴイズムである。エゴは対立を生む。
宗教々団も、自分の宗教こそが唯一絶対なもの、という姿勢は教団エゴであり、
宗教対立を生む。
これからの教団は宗教協力、協調を求めていくべきである。
私が明るい社会づくり運動を提唱したのも、
自分の教団を大きくするという目的でしたものでなく、
現代の日本の社会は精神的荒廃、人間性の欠如は進んでいる。
このような社会状況を、宗教がただ自教団のことだけを考えている時ではない。
人間の精神、心を説く宗教者、宗教々団がまず、
この社会的課題に教団のワクを超えて一致協力して、
この事態に当っていこうということでまず宗教協力という目的で進めてきたが、
だんだん一般の協力者が現れてきた。
私自身、一教団の会長というより、一宗教の責務ということで、この運動を提唱した。
利己主義の強い社会の中で、
人に奉仕する心を育てる。善意の心を呼びおこす運動として本運動を考えている。
従って、提唱はしたが、みんなで力を出し合って進めることが基本。
もし私が、運動理念とか運動の方策はこうあるべき、
などと細かいところまで口ばしを入れたら、
この運動を鋳型にはめこんでしまうことになり、
市民参加の運動となっていかないだろう。
具体的な運動理念とか方策は、
地域のリーダーの方々が英智を集めて進めてほしい。
佼成会は縁の下の力もちという立場で協力する」という意味のことを語った。

提唱者自身が、このように話してあることは大事な点で、
自分は指導者として明社運動に関わるものではない、
ということを自己表明したものと受けとれる。
明るい社会づくり運動の提唱者であると同時に、
理念的指導者だと写ることを、庭野氏自身が大変気を使っていることがわかる。


提唱者のの真意を正直に受け入れよう

時々、大会などで「来賓あいさつ」で、誤解を生じるような事があるが、
これは庭野氏自身、迷惑なことだろう。
提唱者が指導者ということであれば、この運動を国民運動とか、
地域住民運動として根づかせていけないだろうと、本人が忠告している位なのである。
だから私は、あえて庭野日敬氏、本人が日頃言ったり、書物に書いていることを、
正直に理解して、行動すれば良いと思っている。
気をつかいすぎて、かえって提唱の真意を曲解することにならないようにしたい。
全国の代表者会議でも承認され、
庭野日敬氏自身も、
「指導者でない、提唱者である」ということを言っているのであるから、
その通りに私共は受けとり行動してゆけば良いのである。
確かに、「庭野日敬氏は提唱者であると同時に指導者である」という
立場に位置づけて進める運動であってもおかしくはない。
それはそれで、今の形態の運動より、より発展していたかもしれない。
しかし現実には、その方針はスタートからとっていないのである。
提唱者は、指導者でない規則ですすめてきており、一三年間経っているのである。
本人の了解をとって庭野日敬氏を理念上においての指導者であると位置づければ、
それも可能だったかもしれない。提唱者の位置づけも運動の分岐点となった。

但し、庭野日敬氏は、立正佼成会会員に対しては、明社運動に対するかかわり方、
仏教的観点から、運動主旨、理念はきちんと指導している。


「明るい社会づくり運動 行動と理念」 日本を支える大きな蜒りに より 
               初版 昭和61年6月1日 (p102~106)
               著者 佐 藤 秀 裕

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

いかがだったでしょうか。

あなたは、今後どのように受け止めてどのように行動しますか。

今、その事が問われているように思います。


私の今年のキャッチフレーズも、「前に、さらに前に前に・・・・・」

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庭野日敬師の願いとは-明るい社会づくり運動を推進している、あなたに問う !            [インタネット講座「拓塾」]

明るい社会づくり運動と宗教活動


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庭野日敬師は、生前にご自身が始めた立正佼成会の活動と、
世界宗教者平和会議や明るい社会づくり運動の区分けをしていたのでしょうか。

あなたは、この事をどのように思いますか。

私は、庭野日敬師の中には特別な区分けなどはなく、
立正佼成会の活動や、世界宗教者平和会議や明るい社会づくり運動は、
一つの同じ目的をもった同じ活動であったと思っています。

しかし、現在の状況はどうでしょうか。

「私達は宗教活動だけをやっていればいいのです。」
「とても、明るい社会づくり運動にまでは手が回らない。」と、
言っているとか、いないとか、・・・・・・・。
「もう、さんざん明るい社会づくり運動には散財してきたので・・・。」と、
耳にする事がありますが、

あなたはどのように受け止めていますか。

私は、以前にもこのブログでも書かせていただきましたが、
前・明るい社会づくり運動の会長をされていました
井深大氏の言葉を思い出します。
「明るい社会づくり運動に参加する人は
それぞれがもっている信念や宗教を突き抜けなければいけない。」と。
裏返せば、それぞれがもっている信念や宗教の殻の中に、
閉じこもっていてはいけないと、受けとめていますが、

あなた自身はいかがでしょうか。

私は、仕事の合間をみて色々な宗教の勉強しています。
まだまだ世の中の諸先輩方からすると若輩者の私です。
でも、それぞれの方々が目指す形や手法はまちまちですが、
目指す所は一緒のようです。

間違っているでしょうか。

もし、この事が間違っていないのであれば、
なぜ、現在の明るい社会づくり運動が全国各地で
バラバラな活動をしているのでしょうか。
また、その事によって急進力が落ちている現実を見過ごすのでしょうか。
庭野日敬師が提唱された本願をしっかりと捉え、
一致団結出来る方向を探る事はとても大事な事です。
過去の諸先輩方は、
とても大変なご苦労をしながら一致団結を目指して来ました。

もしかしたら、
現在の明るい社会づくり運動の執行部の方々には、
庭野日敬師の本当の願いや思いを理解する事は出来ずに、
目先の利益や損得、体裁が優先せざるを得ない状況なのでしょうか。
まして、末端の会員さんのご苦労など分からないのでしょうか。

明るい社会づくり運動の、本当の勇気とはいったい何でしょうか。

是非、あなた自身のこころに問うてみてください。

そして、いつもこのブログをただ見ているだけではなく、あなたの考えを聞かせて下さい。


あなた自身の誠意に期待して ・ ・ ・ ・ ・ 。


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページ
              http://www.meisha.me/
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庭野日敬氏の明るい社会づくり運動への機縁(1) [インタネット講座「拓塾」]

 インターネット講座「拓塾」を始めてから、

さらにたくさんの方々に、

このブログを読んでいただけるようになりました。

ご覧いただいている皆さんのブラウザーの反対側いる私ですが、

たくさん方が、本当に真剣にお読みいただいている事が、

不思議と、こちら側に伝わってくる気がしていますので、

感謝をさせていただきつつ、気持ちを引き締めている現状です。


 また余談ですが、

以前からあった事ですが、

インターネット講座「拓塾」を始めてからは特に、

どなたかは分かりませんが、

私の後ろにいらっしゃる方の働きが強くなった気がしています。

「さらに、守られている。」そんな気がしています。


 前回の「明るい社会づくり運動への機縁」の書き込みをしました直後から、

私の頭の中に「末法についての説明をしたらどうか。」との、

思いが何度かよぎってきています。

このインターネット講座 拓塾の行動指針のなかで、

「自修自得」を唱っていますのでご覧いただいている方々が、

「自身で深く探求する意欲が無ければ、

何事もなさん」との、立場に立っていますので、

私のお話する事の中で、

不明確な点や疑問点があれば、

ご自身で究明し深く探求する事を希望します。


しかし、私の後ろにいらっしゃる方々がさらに、

「末法についての説明をしたらどうか。」との

要望が強いように感じますので、

庭野日敬師がご自身の著書の中で

以下の事を述べていますので、

以下に、ご紹介させていただきます。


IMG_20180326_090202.jpg


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

新釈 法華三部経 8巻  (P306~311)より


お釈迦さまは、

ご自分が入滅されてからあとの時代を予見なさって、

五つの五百歳に分けておられます。

すなわち、《大集経》というお経のなかで、

つぎのようにお説きになっておられるのです。

(我が滅後五百年の中に於て諸の比丘衆、

猶我が法に於て解脱堅固なり。

後の五百年に我が正法の禅定三昧住することを得て堅固なり。

後の五百年には読誦多聞堅固なり。

後の五百年には我が法の中に於て闘諍言訟し

白法穏没し損減すること堅固なり)

これをわかりやすいように表にしますと、

つぎのようになります。


第一五百歳 - 解脱堅固時  (正法)

第二五百歳 - 禅定堅固時  (正法)

第三五百歳 - 多聞堅固時  (像法)

第四五百歳 - 多造塔寺堅固時(像法)

第五五百歳 - 閥諍堅固時  (末法)             


   (P306 )

この五五百歳のうち、

(解脱堅固時)と(禅定堅固時)を合わせた千年を、

正法といいます。

仏陀の教法が正しく行なわれている時代というわけです。


つぎの(多聞堅固時)と(多造塔寺堅固時)を合わせた千年を、

像法といいます。

像だけが正法のときに似ている時代です。(P311 ~P312)


その五百年も過ぎてしまうと、

もはや形式的な宗教さえおおむね無視されてしまう時代になるというのです。

仏教そのものについていえば、

(我が法の中に於て閥諍言訟し白法隠没し損滅すること堅固なり)で、

宗派争い(閥諍)が盛んになり、

それも、

言論闘争から政治闘争・法廷闘争(言訟)にまで発展し、

ゴタゴタが絶えないわけです。

そして、正しい法(白法)は

どこにいったかわからぬようになってしまうのです。


しかし、仏法はけっしてなくなってしまうのではありません。

かくれ、見失われてしまうだけであります。

(隠)もかくれるという意味ですが、

(没)もかくれるとか沈むという意味のことばです。

なくなるという意味に使われることもありますが、

しかしその場合でも、

ぜんぜん無に帰してしまうのでなく、

見えないところへかくれてしまうという意味をもっているのです。


これは、こまかい語意のせんさくのようですが、

けっしてそうではなく、

ひじょうに重大な意義をもっているのです。

なぜならば、

白法(仏法)が(ぜんぜんなくなってしまう)というのと、

(かくれて見えなくなってしまう)というのでは、

天地ほどの差があるからです。


いや、無と有のちがいですから、

天地の差とも比較はできますまい。


ともあれ、

仏法はけっしてなくなることはないのです

(白法消滅)でなく(白法隠没)となっているところに、

よくよく注目しなければならないのです。

さて、聞潜堅固というのは、

たんに仏教および仏教界だけについていってあるのではなく、

ひろく世相全般についての予言でもあるわけです。

その時代になりますと、

人びとはまったく利己的になり、

自分の利益・自分一家の利益の

団体の利益・自分の国の利益・自分の属する

階級の利益等々ばかりを追求するために、

たがいの利害が情実し、

つねにいがみあうようになります。

我と我のつのつきあいです。


言論闘争・政治闘争・法廷闘争は日常のこととなり、

人心はたいへん険悪な、


トゲトゲしいものになります。

いや、それですむうちはまだいいのですが、

ついには血を流すような不祥事が起こり、

またそれが国際的なものであれば、

ついに人間どうLが殺しあう戦争にまで発展してしまうのです。

ちょうど、現代がその時代に当たりましょう。

(P306~P311 )

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私は、庭野日敬師は

法華経の真意を体得され、

その事に基ずいて行動されていた。

と、理解しています。


しかるに、

「日蓮聖人のご遺文に説かれている末法の時代、

つまり人びとが自分勝手な理屈を主張いたし、

神仏を敬う念や倫理、

遺徳がすたれて、

穏やかならざる世の中になるという様相が、

すでに表われていたのであります。


明るい社会づくり運動の提唱は、

こうした心の荒廃に対して問題を提起するとともに、・・・・・・」に、

なっていると理解しています。


「末法」という言葉に、

必要以上にとらわれる事はないと思いますが、

やはり、

私は、これからの明るい社会づくり運動には、

このような視点や感性を持ち合わせるリダーが

必要不可欠だと思っています。


私の今年のキャッチフレーズも、「前に、さらに前に前に・・・・・」


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆

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庭野日敬師のごあいさつ(明るい社会づくり運動 第十回総会にて) [インタネット講座「拓塾」]

庭野日敬師は、平成元年4月26日に開催されました、

明るい社会づくり運動 全国協議会の第十回総会のごあいさつで、

以下のお話をされています。


今回は、私の余計な注釈はなしで、

このブログをご覧いただいている皆様と一緒に、

庭野日敬師のごあいさつの内容を噛みしめて見たいと思います。


よろしくお願い致します。


IMG_20180326_090202.jpg


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

明るい社会づくり運動 全国協議会の第十回総会


本日は明るい社会づくり運動の十回目の総会がこうして開かれましたが、

私はあちこち飛んで歩いておりまして提唱したということだけで、

何のお役も、お手伝いもできないでおりました。


しかし本日伺ってみまして、

井探先生を会長さんにいただいて、

非常に充実した、

素晴らしい明るい社会づくり運動が全国的に進められていることを知り、

ご参集の皆さまはじめ、

全国で活躍してくださっている方々に

本当に心から厚く御礼を申し上げる次第でございます。


人材をつくるためには、

期間をかまわず、永遠の努力をしなければならないことだと思います。

こういう人材をつくるということになりますと、

どなたか熱心な方がやってくださるというようなことにならないと、

なかなかできないことだと思います。

これからも皆さまのお力で、

どうか、その方の積み重ねをお願い申し上げたいと思います。


最近になって私は比叡山にまいりました。

日本の仏教の母山といわれる比叡山を興しました

伝教大師さまのおそばにいらっしゃる

お座主さま(山田恵諦猊下)が、

始終なにかの際に引用されます言葉に、

「忘己利他」「自分を忘れて他に利益を与える」というお言葉があります。

私どもが他に利益を与、えるということは、

自分を忘れなければできないことだと思います。


そういうご緑でお座主さまの説法を聞いていますと、

本当にいきいきとした感じがいたしまして、

いつも素晴らしいお座主さまの人格に触れたことによって

自分の心がさわやかになる、やすらぎを得る、

そういう感じがいたします。

そのようなことで先般私どもの平和賞(第六回庭野平和賞)を、

お座主さまに受けていただくということが、

ようやく実現したわけでございます。


ところでお座主さまは、

伝教大師の「悪いことは永く続かないものである。

良いことは永くつづくものである」というお考え方を

ずっともっておられる。

伝教大師さまが比叡山を開創されましてから一昨年で

一二〇〇年になりました。

一二〇〇年の間永遠のともしぴ(不滅の法燈)の火が

消えないでずっと続いているわけです。

この永遠のともしびが永く続いていること自体が

素晴らしいことなのです。


これがもし世界宗教者平和会議のような所でつながるならば、

という願いをもっていましたところ、

ローマ法王さまが、

昭和六十一年十月、アッシジにおいて世界の宗教者の方々と共に、

世界平和の祈りをしようということを呼びかけられました。

その時にはお座主さまは、

アッシジまで九十二歳のお年で参加されました。

その翌年には、比叡山での宗教サミットを主宰され、

また本年は、比叡山サミットの精神を

今度はWCRPの第五回目オーストラリアでの会議(メルボルン)に

持っていくということになりました。

ところで具体的に「火」をもっていくのは大変困難をことで、

どのようにして持っていかれたかと伺いますと、

「比叡山のともしびをカイロ灰にうつし、

それをそっと肌身離さず持っていってくださった」ということでした。

そして、むこうにまいりますとペンマン大司教(聖公会)さまが、

今度の開催国の共同議長として

オーストラリアの宗教者をまとめていただいたわけですが、

この方が、持ってまいりましたともしびを

「永遠に私どもが守ります」ということで、

奥さまと二人で引き受けてくださったわけでございます。

そういうことで私共も、長く続けていくということは大変なことだと、

つくづく思わせていただいたところでございます。


私共の信奉している法華経でありますが、

法華経の一番有り難いところは何処かといえば、

十六番の如来寿量品という所で「如来の寿命は永遠である」と

説かれているところであります。

そこで、永遠の生命の尊さと同じような意味において、

天台宗のお座主さまがその象徴であるともしぴを、

そのまま自分で持ってオーストラリアまで行って、

メルボルンで大司教さまにお渡しし、

その真心をたんたんとお話しをくださっているうちに、

大司教さまご夫妻が

「これは永久に私どもが自分の生命をかけてお守りさせてもらいます」 

こう受けていただいたということで、

お座主さまのお気持ちは、

具体的に世界の場に伝わって行ったわけでございます。


そのように、いいことを続けるためには、

私達の考えを継いでいってくれる

次の世代の方をつくらなければ続かないわけであります。

そういう意味におきまして、まず自己をつくり、

そこで明るい社会づくり運動の精神を自分もそれを行じ、

そしてまた次の者にその精神を伝える。

そういう考えが広まるということは、

大変素晴らしいことであると思うのであります。

そういう点でも、今日まで各都遺府県の会長さん方が

このように揃って運動を実施していただいている。

こういうことは非常に素晴らしいことだと思うのであります。


私は今年また、

日宗達(日本宗教連盟)の理事長を仰せつかっているのでありますが、

一九六九年にもちょうど私が当番でありましたので、

その時「私は今度日宗達の理事長という使い走り役をおおせつかりまして、

来年度は世界宗教者の平和会議を日本の京都で行なうことになりました。

これにご協力をお願いしたい」ということで、

まず高野山に行きますと、過去に何かありますとき、

宗派などが違いますと多少びったりしない所があって、

どなたに会っても、

なかなか容易でないことが多かったわけでありますが 

- 高野山の方が「君の所は新しいだけに、

  君が会長で始めた時から他宗教を別物と考えない。

  全く偏見がなくやっていることは私も認めている。

  君がやるのがどなたがやるよりも皆さんが協力しやすいのではないか。

  うちだけは心配なしだよ。力いっぱい後押しするから、

  真剣にやってください」と励ましてくださいました。


次に、翌日比叡山に行きますと 

「この山は汚れのない山だ。

日本のお祖師さまはこの山から生まれたのだ。

私たちも伝教大師さまの精神を貫いてずっと来ている。

世界平和のためにやるならば、

協力するから全山を世界平和のために自由に使ってください」という

お言葉をいただきまして、

むしろ私どもが今まで新しい宗教、古い宗教などというような

こだわりを持っていたのではないか、

古くから長年つながっている方々は、

非常に尊い人格を持っていらっしゃって、

私どものそういう考え方は無い、

と知って比叡山に行ってよけい安心をいたしました。


三日目には伊勢神宮にまいりました。

そして前の徳川宗敬大宮司さまの所に行きましたら

「ほうぼうのお寺さんもそういうことをやるならば、

伊勢神宮もそのことに賛成します。そのかわり来年に遷宮式があります。

次の遷宮式にあなたも参列してください」と、

こういうお言葉をいただいたわけです。

ということで三五〇人ほどの神職さんと一緒に、

遷宮式のご神体の車のすぐ後の所に私の立つ場所がありまして、

行列に従ってその遷宮式に参列しました。


私はなぜか不思議な因縁だなと思いますのは、

一昨年の比叡山がちょうど開創一二〇〇年ということです。

そして十五~十六年前になりますが

、伊勢神宮の遷宮式が六〇回日ということは、

一二〇〇年目の遷宮式にはからずも、

私は大宮司さまから参列してくださいといわれまして、

お仲間に入れていただいた。

そういうようなことで一二〇〇年という年の巡り合わせが、

仏教の伝わる所からも来たり、

それより前にすでに

神道の方の一二〇〇年目の遷宮式にお仲間にさせていただいたり、

そういうようなことを通して、

神さま仏さまが

正しいことは永く持続させなければいけないのだということを、

逆に教えてくださっているような気がするのであります。


私どもの日本の神道「八百万の神」ということは、

あらゆる所、形のある所にはみな神様が宿ってなさる。

仏教で言うと、これは仏性であるといわれますが、みんな弘子なんだ。

仏心はみんなもっているのだ。

仏さまの方からしては「仏の子だ。仏の子だ」と言おうとして、

法華経ではそれを明らかにしている。

そういう意味で「仏さまの子だ」とおっしゃっているのに、

われわれは凡夫だといって、

欲を捨てないで、いろいろの面倒を自分で作っている。

欲を捨てて忘己利他で自分を忘れて、

人さまのために益を与えるようにしようという、こういう考えになれば、

伝教大師さまと同じようになれる。

それは八百万の神を祀るという神道の精神であると私は思っている。

神さま仏さまというのは目に見えないけれども

「いつでも仏さまは、おまえの側にいるよ。

おまえには見えないけれども、神さまはいつでも側にいる」と

おっしゃっているわけです。


そういう意味で神さま仏さまを

いつも心の中に描いて明るい社会づくり運動をすれば、

神仏のご加護によってうまくいくのではなかろうか。

そしていろいろな形で人格的にも、哲学的にも、

心の中に一つの宗教を持って世の中を明るくする、

永遠の生命の尊さと世界の平和を願うというようなことも、

同じょうなことではないかと、

そんなふうに考えさせていただいたわけでございます。


このように私は今日一〇回目の総会に伺いまして、

これだけの素晴らしい方が全国からお集まりいただいておりますが、

皆さま方のご協力またご精進に心から厚く御礼を申し上げます。


そして私の今考えている心境を

正直に皆さんの前に披歴をさせていただきました。

自分では宗教協力ということを言葉に出していながら、

ややもすると心の中にこだわりがあるのでございます。

世界宗教者平和会議というものを通じて宗教団体を訪問してみますと、

偏見のない日本の偉大なる指導者の方々がいらっしゃる。

この幸せを感じて、

およばずながら一生懸命やらせていただいておるわけでございます。


五年に一度の当番で、

今年は四回目の理事長(日宗達)をやらせていただくということに

なっているわけでございます。

どうか皆さま方のご支援をいただいて、

私も努める場所を間違いなく努めさせていただくよう、

ご支援のほどを重ねてお願い申し上げまして、

今日のご挨拶に代えさせていただきます。


(要旨:平成元年4月26日)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私の今年のキャッチフレーズも、「前に、さらに前に前に・・・・・」

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庭野日敬氏の提唱した明るい社会づくり運動はなぜ必要なのか ! [インタネット講座「拓塾」]

先日は、

庭野日敬師の著書の

「仏教のいのち 法華経」を久しぶりに、

拝読させていただきました。

庭野日敬師の著作物は、

凡夫である私達に実に丁寧にわかりやく、

お話して下さっている事に、

いつもながら敬服しながら読ませていただいています。


IMG_20180425_115634.jpg


今回は、以下の箇所が

特に眼にとまりましたのでご紹介させていただきます。


特に、難しい事をおしゃっている訳ではありませんが、

明るい社会づくり運動にとっては、

とても大切な事を述べていると思います。


あなたの心には、

どのように響くでしょうか。

その響きを感じて見てください。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

個人は社会とつながっている


ところで、

個人の心の善し悪し・高さ低さ・美しさ醜さは、

外部とぜんぜん関係のない事がらでしょうか。

理屈は抜きにして、

あなた自身の家庭や、交友関係や、職場など、

身近な世界の問題として考えてごらんなさい。


 あなたの両親や兄弟姉妹の心の暖かさ・冷たさが、

あなたにとっては全く無関係な事がらですか。

あなたの上司・同僚・友人などの心の美しさ・醜さが、

あなたとぜんぜん没交渉の事がらですか。

もちろん、答はノーでありましょう。


 今、わたしとこの紙面で交わした問答によって、

あなたは、いつもはあまり意識していなかった

(身近の人たちの心のあり方と、

自分自身の人生とのつながり)を、

ハッキリ意識されたこととおもいます。


 それならば、そういった意識を、

もう少し広く世間へ広げていってごらんなさい。

たとえば、

あなたの家の隣近所の人たちの気だて、

あなたが買物をする店の主人や店員の精神、

あなたが乗るバスや電車の運転手の心がけ、

そういったものが、

あなたの人生となんらかかわりがないかどうか。


 もっと大きくいえば、

地方目治体の役人・議員や、

国の政治をつかさどる首相・各省大臣や、

国会議員などの魂のありようが、

あなたの人生となんらのつながりがないかどうか。


 さらに考えを広げれば、

会ったこともない他国の人びと、

たとえば毛沢東、コスイギソ、ニクソン、ドゴールという人たちの

精神の方向が、あなたの運命と全くかかわりがないかどうか。

答えは、自明のことでしょう。


 この世に生きとし生けるものは、

どこかで必ずつながりをもっているのです。

ぜんぜん他と孤立して存在しているものは、

ひとつもありません。


この道理を、

仏法では〈諸法無我〉というのですが、

とにかくこの道理に目ざめてみれば、

自分ひとりだけが心のしあわせを得ても、

ほんとうに幸福にはなりえないのだということが、

はっきりわかってくるはずです。


 早い話が、

あなたが今の瞬間においては

幸福感を味わっていることができても、

さまざまな天災や人災は遠慮なく

空から、海から、川から讐てきますし、

一歩外へ出れば交通戦争の修羅のちまたです。


犯罪者は、いつ、どこであなたの

生命・財産をねらってくるかわかったものではありません。

最大の脅威は、核戦争です。万一これが始まれば、

あなたの今の幸福などは木っ端微塵に吹き飛ばされてしまいます。

 そこで、あなた自身・あなたの家族・あなたの子孫が、

ほんとうに幸福になるためには、

どうしても社会全体・世界全体を変えなければならないのです。


 それも、政治のやり方や社会の体制をどう変えてみたところで、

その効果はほんの表面的なことにすぎず、

人間の心を根本から改めないかぎり、

ほんとうの救いに達することはできません。


たとえば、

老人保護施設の完備している

欧米諸国の老人が必ずしも幸福ではなく、

どちらかといえば家族の庇護に任せられている

日本の老人のほうが幸福である事実が、

その片りんを物語っているのです。

仏教のいのち法華経(P46~49) より
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私は最近、自分自身が「生きている」と言った実感よりも、

どなたかに、

「行かされている」と言った実感が強くなっています。

「日々 新たに」

お互い様に、

様々なご苦労があると思いますが

精進・努力して行きたいと思います。


私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆

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庭野日敬氏のおしゃる大事をなす人とは、 [インタネット講座「拓塾」]

私は常々思う事に中に、

「どこまで馬鹿になりきれる事が出来るのか」が

私自身の課題だと思っています。


それは、口先は綺麗な事を言っていても、

その内心は自身の思惑や損得ばかりを考えている方々を

たくさん見て来た事もあると思います。

様々なタイプの人達と

触れ合う中で自然とそのように考えるようになりました。


また、逆に

「私は自身の思惑や損得で動くのだ」と

言っている方もいますが、

その人の方が正直で、

嘘を言わない分いいかなとも思う時もあります。


色々なタイプや考え方がありますが、


庭野日敬 師は、

以下の事をおしゃっていますが、あなたはどう思いますか。


IMG_20180326_090202.jpg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私はいつも、みなさんに「ばかになれ」とおすすめするのです。

もちろん「ばか」といっても、愚か者のことではありません。

現代人は、毎日、知識のシャワーを浴びているようなもので、

頭のよい人、利口な人ばかりが多くなっているようです。


頭がよすぎると、

人の言うことがばからしくて聞けなくなります。


人の言うことを素直に信じることができなくなり、

なにごとも先を見通せるつもりで、

「そんなことは、とても不可能だ」と決めつけ、

初めから手をつけようとしない、

といった生き方になりがちなのです。


それにひきかえ、利口ぶらない人は、

みんなが「できない」と決めてしまうことでも、

「これが正しい道ならば」とコツコツと手がけて、

ついに大事を成し遂げてしまうのです。


これが、私の言う「ばかになる」ことです。


初めのうちは、

「あんなことをやっても、

むだなのに」と冷ややかに見ていた人たちが、

うならずにいられなくなってしまうわけです。


自ら志願してばかになりきる、

その心のゆとりこそが大切なのです。   


庭野 日敬 著 『開祖随感』 (佼成出版社) より


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
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明るい社会づくり運動に求められるリダーの資質とは! [インタネット講座「拓塾」]

どんなに素晴らしい組織であっても、
そのトップに立っているリダーの資質によって、
たした事のない組織が、大変素晴らしい組織に成長したり、
また、とても素晴らしい組織が堕落した組織になってしまったりする事があります。

組織のトップに立つリダーの資質は、とても大切な要素となります。

私自身も、様々なボランティア組織のリダーや、
明るい社会づくり運動の各地域のリダーの方々とお会いさせていただきますが、 
そのリダーの方が、どこに視点を置いているのかで、
その組織の活動形態が決まって来ると思います。

明るい社会づくり運動を提唱されました、
庭野日敬師は「すぐれたリーダー」と題して以下の事をおしゃっています。


IMG_20180326_090202.jpg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
すぐれたリーダー

 私はこれまで数えきれないほどのたくさんの人にお会いしてきましたが、
「初めからまったくやる気がない」というような人はいない、と言いきっていいと思うのです。

もし、やる気をなくしている人がいたとしたら、
何かでやる気が抑えつけられてしまっているのです。
すぐれたリーダーとは、どうしたらみんながやる気になるか、
そこを具体的にアドバイスしてあげられる人だ、といっていいでしょう。

ディズニーランドが大変な人気で、連日、満員盛況だそうですが、
来場者に喜んでもらえるように、じつに細かな気くばりがされているのだそうです。
たとえば風船売りのお嬢さんは、
子どもと目線が合うように、しゃがんで風船を渡すように訓練されている。
それで親御さんが、自分の子どもが本当に大事にしてもらえたと感動して、
わざわざお礼を言いにきてくださる人もいるそうです。
すると、売るほうもうれしくなります。
自分の仕事にやりがいと誇りを持つわけです。

「進め」「がんばれ」と号令をかけるよりも、
だれもが本来持っている、やる気を何が抑えつけているのか、
そこまで心を届かせて、それを取り除いてあげる慈悲心が大切です。

庭野 日敬 著 『開祖随感』より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あなたは、どのように思いますか。

私は、このお話の内容を心に留めて、今後も精進・努力して行きたいと思います。

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
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故・飯坂良明氏の真骨頂のさわり [インタネット講座「拓塾」]

佐藤秀裕氏の著書の中に、
故・飯坂良明氏の明るい社会づくり運動に対するお考えが、
掲載されていましたので以下のご紹介させていただきます。

飯坂先生は、明るい社会づくり運動に長年かかわり合いを持っていただき、
全国拓塾にも、何度もおいでいただきお考えを伺った事が、
昨日のように思い出されます。
また東京都の明るい社会づくり運動の会長の役職を長年にわたってされていました。

是非、故飯坂良明氏の心意気を感じて取っていただきたい。と考えています。


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飯坂理論の真骨頂のさわり

 「『地の塩、世の光』いうことばがあります。
明社運動に連なる一人一人は、実は塩の役割りをしなきゃいかん。
塩というのは溶けて見えなくなって、塩味だけは失わなくって社会に味をつける。
そして社会の腐敗をふせいでおる。これが塩の効能です。
われわれ自身があらわれなくてもいい、社会の中に溶けて、
みずからの形や色はなくっても、
それでも社会に味をつけ、社会の腐敗を防ぐという運動でなければいかん。

 それからまた、
この明社の運動は光で「『地の塩、世の光』」というのは、有名な聖書の言葉です。
『地の塩である。世の光である。』
光であるということは、社会の良心として、ともしびを輝かせということであります。
いつもはっきりした良心のともしびを掲げていますと、
それに照らされて悪いことができなくなるような社会になります。
その意味で、明社運動というのは『地の塩であり、世の光』であります。
『あなた方の光を人々の前に輝かし、そして人々があなた方のよい行いを見て、
天にいますあなた方の父をあがめるようにしなさとあります。』
あなた方のよい行いを見て、あなた方を通して、もっと永遠なるもの、
もっと偉大なものを差し示すところの差し示す塩にならなきゃいかんのです。

 われわれがあがめられるのではない。
われわれの行いを通して、より大きなもの、より偉大なもの、
より究極的な価値に人々が目を向けるようになる。
まさにそうしたところに、私は明社運動の意義があるのではないかと思うわけです。

 今日の世界は専門家だけでもだめです。
お医者さんだけ集まっても、人間の命ということの究極的な意味はわかりません。
技術家だけが集まってもだめです。
いまの世界こそ、聖も俗も、政治家も実業家も、
すべてが協力しなければ、本当の人間のあり方がわからない時代です。

 ですから、人間に仕えるということ、
人間を大切にするという基礎の上に、あらゆる分野の人たちが協力しなければ、
本当の意味での社会はできてこない。明社運動はまさに、それ推進しているわけであります。

 宗教と政治の混合はいけませんけれども、
正しい協力、人間に仕えるという意味での協力は、大いにすべきだと思います。
政治家が人間に仕えると言うのが本旨です。
だから、協力出来ないはずがないんです。
利用し合うんじゃなくて協力し合うという、
そうした体制が打ち出されていかなければいけません。

 こうして私たちが、充実した人生を求めていかなければいかんと思います。」


「明るい社会づくり運動 行動と理念」 日本を支える大きな蜒りに より 
               初版 昭和61年6月1日 (p39~41)
               著者 佐 藤 秀 裕
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

||| 飯坂良明氏プロフィール(聖学院ホームページより)

1926(大正15)年3月30日富山県滑川市中町生まれ。
1948(昭和23)年、東京大学法学部政治学科卒業。
1951(昭和26)年、同大学法学部大学院特別研究生修了。
1952(昭和27)年、学習院大学助教授となり、教授を経て
1995(平成7)年、同大学の名誉教授となる。
聖学院大学では95年(平成7)年より総合研究所教授を務め、
同大学大学院教授、以後、聖学院大学学長(2000年4月~)、大学院長、
総合研究所副所長(1999年4月~)を務める。

専門は政治学・政治思想。

世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会評議員、
平和研究所所長、
アジア宗教者平和会議(ACRP)名誉事務総長、
日本クリスチャン・アカデミー常務理事、
現代における宗教の役割研究会常任理事。

著書・翻訳は
「権力への抵抗」(教文館)、「現代社会を見る目」(NHKブックス)、「政治学」(学陽書房)、
「宗教と現代」(玉川大学出版)、「新約聖書に学ぶ」(世界思想社)、
ジョナサン・ローチ「表現の自由を脅かすもの」(角川書店)、
ラスキ「近代国家における自由」(岩波文庫)、
フロム「ユダヤ教の人間観」(河出書房新社)をはじめ、他に著書・論文多数。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あなたは、どのようにお感じになりましたか。

大切な事は、一歩を踏み出す事ではないでしょうか。

あなたの、その一歩が現代社会にとっては大きな大きな一歩だと私は考えています。


飯坂良明氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。



私の今年のキャッチフレーズも、「前に、さらに前に前に・・・・・」

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庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページ
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明るい社会づくり運動の課題とは、 [インタネット講座「拓塾」]

私が行いました、

明るい社会づくり運動の実態調査から

様々な事を教えていただきました。

その中には、順調に活動を進めている地域もありましたが、

逆にまたそうでない地域もありました。

また、順調に活動を進めている地域と、

またそうでない地域の中にも、

共通点がある事が分かりました。


私は、明るい社会づくり運動が今後さらなる飛躍をして行くためには、

現状の利点と不利点の解析をする事が必要不可欠になると思います。

その為には、現状がどうなっているのかを知る必要があると思っています。

現状の把握を行い、現状の分析がしっかり出来ない限り、

本当の意味での利点と不利点の解析が出来ません。

また、正確な現状の把握や分析が出来ない以上、

その為の効果的な対策を講じる事は難しいと思います。



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その為には、

時には辛い現実とも向き合わなければならない事もあると思います。

でも、そこから逃げる事無く、

前向きに取り組む姿勢を示す事が求められていると考えます。


私の所にお送りいただきましたメールの中に、

大変重要な意見をお持ちの方がいらっしゃいました。

その方は長年の間、明るい社会づくり運動に携わって来られた方です。

また、庭野日敬師の思いを理解し、ご自身の地元で大変に努力された方です。

それだけに、明るい社会づくり運動の実態をご自身の目でしっかりと見つめ、

現状を把握している方です。

そして分析をなされ、

課題点からその対策までをしっかりとしたお考えをお持ちの方です。

以下に、ご紹介をさせていただきます。

~~~~~~~~~~~~~~~~


 明るい社会づくり運動の組織において

地区協議会が当面する共通課題として、

役員やリーダーの高齢化や不足に悩み、

世代交代が進まずそのまま組織の活力の停滞を招き、

有効な手を打てないまま

組織の解散や運動の実態のない地区もでてくるようになった。


 停滞を招く原因として

リーダーの意識に大半の理由があるように見受けられる。

役員としては会員から会費や協賛会費を募り、

運動方針を決めた以上活動をやめるわけにはいかないと考えてはいるが、

意識がそれ以上でもそれ以下でもなく活動は一応継続されているが、

活動の範囲を広げたり頻度を上げたりといった発展的な取り組みに欠けており

現状維持ということになる。


したがって新たなメンバーが加わるチャンスも生まれにくいという悪循環が生まれくる。

 さらに「中心となり、下支えするメンバーが不足している」ということについては

組織の中でリーダーの育成がうまくいっていないという状況も見えてきます。

従って必然的に、リーダーの世代交代は難しくなります。


 昭和40年代後半に先駆的リーダーにより、

全国の都道府県を網羅するかたちで上位下達方式に組織化された明社運動は

任意団体 ― 法人化 ― 任意団体と組織も変遷してきた。

 運動提唱者の精神を原点として自治体単位に組織化され、

地域に根づいた活動を推進してきているが、

どちらかと言えば、

「大勢で一緒にやる」エリア型の活動は伝統的に強いが、

テーマ型を目指すNPOや

ボランティアグループのようなNPO型の活動は不得手であった。

従って地域のネットワーク化を目指し法人化されたときには、

エリア型活動で進んできた

伝統的組織である明社組織内に、少なからず混乱をきたした。


 明るい社会づくり運動が取り組むテーマが

エリア(地縁)型であれ、

広域にわたるテーマ型であれ、

永年の間、当面している課題解決のための取り組みに没頭するうちに、

取り組みそのものを維持することが目的化してしまいがちで、

そこには、課題の変化が見えなくなってしまい、

柔軟な対応ができず組織の硬直化を招くという

落とし穴があったのではないかと思われる。


 特に次世代や若者が参画するような企画が少なく、

組織が新たな課題にチャレンジする

エネルギーを得るという大事な側面が欠落している。

課題の変化に対応するという組織の柔軟な取り組みが

様々な世代が関わり合う環境をつくることによって可能となるが、

次世代との協働をすすめる取り組みが組織の柔軟性を生むことで

活動が活性化するということもあるわけです。

従い、テーマ型にせよエリア型にせよ組織の結束が維持されていくには、

この点の理解をもとに

組織内部の役割分担を明確にして機能のすみわけについて

合意を得るということが、

まず内部の協働力を強めるポイントであると考えられる。

それを課題としてとらえるならば、

課題の変化に対応するチャレンジを積極的に行うこと、

組織の活動や運営の中に

積極的に異世代協働をつくりだすことが大切だということになります。


そして責任ある活動ができるように研修や養成の機会(人材養成事業)を

具体的に用意する取り組みが大変重要です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あなたに出来る事・私に出来る事を通じて、よりよい明るい社会づくり運動にして行きましょう。

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
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明るい社会づくり運動の末端の会員の声を反映する事が大事 [インタネット講座「拓塾」]

私は、佐藤秀裕氏の生前に講演会などに同行をさせていただき、
全国各地域にいる、
明るい社会づくり運動のメンバーの方々と触れ合う機会をいただきました。
その時に、佐藤秀裕氏はご自身の考えを述べると共に、
地域でご苦労されている方々の、生の声を良く聞いていた姿が、
私の脳裏にはっきりと刻まれています。
頭ごなしに物事をおしつける訳でもなく、丁寧にその内容を伺っていました。

ここで、一緒に考えていただきたいのですが、
「真剣に、明るい社会をつくろうとするときに、あなたならどうしますか。」

佐藤秀裕氏は、ご自身の著書で以下の事を述べていますが、
現在でも、充分に対応出来る事だと考えています。

さて、あなたはどうするでしょうか ?


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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
全国各地域の運動への要望は何であったか

私は、明るい社会づくり運動が本当の意味で新しい社会づくり運動になりきるには、
その裏付け、バックボーンとなる
新しい世界観、価値観を明確にしていかねばならないと考え続けている。
はたして明社運動の中に、そうしたものが確立されるのだろうか。

以上のような考えをもっていた私は、
運動の資料パンフレット「明社推進ノート一号」の発刊を考えた。
そして、まず運動の方向づけ、理念、組織化の方法、
全国活動状況を紹介することの計画を立て準備をすすめた。
本来なら、各地域に応じた具体案を準備すべきであったが、
そこまでは、まだ踏み込んでやることは不可能であった。
そこでまず段どりとして、各地区からの要望、意見を聞くことからはじめた。

全国から寄せられた要望、意見をとりまとめて、一括してみたら次の内容に整理された。

一、地区の実践的記録の要望
二、模範的活動事例の紹介を
三、運動推進の具体的方法、手段を示せ
四、他団体との協力・協調の状態は?
五、全国共通の運動理念、目標方針を具体的に示せ
六、全国組織(仮称)の結成準備を
七、他県明社との交換、全国一斉統一大会、統一運動の展開を

以上のような意見、提言にまとめられた。

そしてこれらの要望を踏まえて、全国各地域へ次のような返事をかえした。

「当事務局ではこれらの課題に応えていくため、可能な限りの準備を進めている。
しかし、明社運動はあくまで各県各地域の特性に即して活動が進められているため、
現場で苦心されている方々の意見を中心に案を練っていくことが基本になると思われる。
従って「明社推進ノート一号」は、
全国の明社メンバーの総意と英知の結集となるような編集で進めている。」と、
以上のことを同報告書にのべている。

なぜ今、この事をとりあげたかというと、
ややもすると組織運動は「活動の先端で苦心されている方々の意見」が、
組織を直接運営する立場にある人たちだけの意見はなれあいになっていきやすい。
次第に現場の意見、要望に直接応えていくことから離れる傾向と、
なりがちとなるからである。
それがマンネリ化、運動の停滞、サロン化の原因となっていくのである。

運動主旨の徹底化をはかる

組織を活性化させていくためには、組織を直接運営する立場の人は、
基本姿勢を、自らの名誉、保身、利害関係におくのではなく、
現場で苦心している人に眼と姿勢を向けて、
そこに判断、決断の基準をおかなければならないことは言うまでもないが、
この基本的なことが当事者にとっては難しいことなのだろうか。
(組織の問題は、後の章でくわしく触れることにしたい。)

さて、地域現場の要望に多少なりとも応えられるよう
「明杜推進ノート一号」は、次の様な編集、内容方針を立てた。

一、世界情勢と日本の動き
二、日本の現状からみた、明杜運動の意義と目的
三、明社運動の理念
四、全国各地区活動状況
五、運動の方向と方針
六、運動の将来への展望   以上の内容であった。

世界状況の中から、
運動の必然性、方向性を定めていこうという方針は、未だ抽象的であったが、
この時からすでに立てられ、運行する方向づけができていたのである。

明るい社会づくり運動 行動と理念 
日本を支える大きな蜒りに  (p18~20) 
初版 昭和61年6月1日
著者 佐 藤 秀 裕
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私のブログを見たり、ホームページを見ているだけでは何も変わりません。

あなたは、何が出来ませんか。また、何が出来ますか

是非、小さな事でもかまいませんので、
    あなたに出来るアクションプランを考えて下さい。
  

「日々 新たに」
お互い様に、様々なご苦労があると思いますが精進・努力して行きたいと思います。

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

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庭野日敬師の願いや思いの中で、あってはならない事 ! [インタネット講座「拓塾」]

数年前の夏頃だったと思いますが、こんな事がありました。

庭野日敬師の勉強会があるというで参加させていただきました。
地元の勉強会でしたので、
あまり大きな期待をせずに、少しでも得る事があればと思い足を運びました。
そこで出されていた資料は、
講師さんのお話によりますと庭野日敬師の書かれた資料との事でした。
勉強会の内容は当然、
事前に用意された資料に添った内容で進められ、終了致しました。
どなたも、何の違和感もなく終わった庭野日敬師の勉強会でした。

しかし、私は庭野日敬師の著書を何度も読み返していますので、
庭野日敬師の独特の言い回しがある事を理解していますので、
資料を読み始めるとすぐに
「この資料は庭野日敬師が書かれたものではない」と理解しました。

今回の講師さんのお気持ちは理解出来ますが、
私達は、真摯な姿勢で臨む事はとても大切な事だと思っています。



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明るい社会づくり運動でも同様だと思っています。
庭野日敬師の明るい社会づくり運動に対するお考えを
私達はもっともっと探究し、勉強すべきです。
また、庭野日敬師のお考えをもっともっと大切にすべきです。

各自のお一人お一人のそれぞれの願いや思いも、とても大切ですが、
明るい社会づくり運動においては
庭野日敬師のお考えを、願いや思いを基本に置くべきと思います。
その事を理解し、
咀嚼した上での活動は、とても意義深い事になるはずだと考えます。

明るい社会づくり運動の中には、庭野日敬師の奥深い理念と、
奥深い行動哲学が脈々と生きつづけている事を知っていただきたいと願っています。

明るい社会づくり運動において
庭野日敬師のお考え、願いや思いを出来るだけ正確に後世に伝えて行く、
大切な役目・役割が私達にあると考えています。

その為にも、明るい社会づくり運動の後継者育成が急務です。


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明るい社会づくり運動がなぜ必要なのか。- 庭野日敬師の言葉 [インタネット講座「拓塾」]

 庭野日敬師の著書を何度か、拝読させていただいています。

その度、庭野日敬師の著作物は、
凡夫である私達に実に丁寧にわかりやく、
お話して下さっている事に、
いつもながら敬服しながら読ませていただいています。

今回は、「仏教のいのち 法華経」を拝読させていただき、
以下の箇所が特に眼にとまりましたのでご紹介させていただきます。

特に、難しい事をおしゃっている訳ではありませんが、
明るい社会づくり運動にとっては、
とても大切な事を述べていると思います。

あなたの心には、どのように響くでしょうか。

その響きを感じて見てください。


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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

個人は社会とつながっている

ところで、
個人の心の善し悪し・高さ低さ・美しさ醜さは、
外部とぜんぜん関係のない事がらでしょうか。

理屈は抜きにして、
あなた自身の家庭や、交友関係や、職場など、
身近な世界の問題として考えてごらんなさい。

あなたの両親や兄弟姉妹の心の暖かさ・冷たさが、
あなたにとっては全く無関係な事がらですか。

あなたの上司・同僚・友人などの
心の美しさ・醜さが、
あなたとぜんぜん没交渉の事がらですか。


もちろん、答はノーでありましょう。


今、わたしとこの紙面で交わした問答によって、
あなたは、いつもはあまり意識していなかった、
身近の人たちの心のあり方と、
自分自身の人生とのつながりを、
ハッキリ意識されたこととおもいます。

それならば、そういった意識を、
もう少し広く世間へ広げていってごらんなさい。

たとえば、
あなたの家の隣近所の人たちの気だて、
あなたが買物をする店の主人や店員の精神、
あなたが乗るバスや電車の運転手の心がけ、
そういったものが、
あなたの人生となんらかかわりがないかどうか。

もっと大きくいえば、
地方目治体の役人・議員や、
国の政治をつかさどる首相・各省大臣や、
国会議員などの魂のありようが、
あなたの人生となんらのつながりがないかどうか。

さらに考えを広げれば、
会ったこともない他国の人びと、
たとえば毛沢東、コスイギソ、ニクソン、ドゴールという人たちの
精神の方向が、
あなたの運命と全くかかわりがないかどうか。

答えは、自明のことでしょう。

この世に生きとし生けるものは、
どこかで必ずつながりをもっているのです。

ぜんぜん他と孤立して存在しているものは、

ひとつもありません。


この道理を、仏法では〈諸法無我〉というのですが、
とにかくこの道理に目ざめてみれば、
自分ひとりだけが心のしあわせを得ても、
ほんとうに幸福にはなりえないのだということが、
はっきりわかってくるはずです。

 早い話が、
あなたが今の瞬間においては幸福感を味わっていることができても、
さまざまな天災や人災は遠慮なく空から、
海から、川から讐てきますし、
一歩外へ出れば交通戦争の修羅のちまたです。

犯罪者は、
いつ、どこであなたの生命・財産を
ねらってくるかわかったものではありません。


最大の脅威は、核戦争です。

万一これが始まれば、
あなたの今の幸福などは木っ端微塵に吹き飛ばされてしまいます。


そこで、あなた自身・あなたの家族・あなたの子孫が、
ほんとうに幸福になるためには、
どうしても社会全体・世界全体を変えなければならないのです。

それも、政治のやり方や社会の体制をどう変えてみたところで、
その効果はほんの表面的なことにすぎず、
人間の心を根本から改めないかぎり、
ほんとうの救いに達することはできません。


たとえば、
老人保護施設の完備している欧米諸国の老人が
必ずしも幸福ではなく、
どちらかといえば家族の庇護に任せられている
日本の老人のほうが幸福である事実が、
その片りんを物語っているのです。

仏教のいのち法華経(P46~49) より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

いかがでしたか。

あなたは、どのようにお感じになりましたか。


「日々 新たに」

お互い様に、様々なご苦労があると思いますが

精進・努力して行きたいと思います。


私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」


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あなたの感性の響きが大切です。 [インタネット講座「拓塾」]

庭野日敬師の著作物は、
凡夫である私達に実に丁寧にわかりやく、
お話して下さっている事に、
いつもながら敬服しながら読ませていただいています。

今回は、私が特に眼にとまりましたの著作物の中から、
ご紹介させていただきます。
特別に、難しい事をおしゃっている訳ではありませんが、
明るい社会づくり運動にとっては、とても大切な事を述べていると思います。

あなたの心には、どのように響くでしょうか。その響きを感じて見てください。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
個人は社会とつながっている

 ところで、
個人の心の善し悪し・高さ低さ・美しさ醜さは、外部とぜんぜん関係のない事がらでしょうか。
理屈は抜きにして、
あなた自身の家庭や、交友関係や、職場など、身近な世界の問題として考えてごらんなさい。

 あなたの両親や兄弟姉妹の、
心の暖かさ・冷たさが、あなたにとっては全く無関係な事がらですか。
 あなたの上司・同僚・友人などの心の美しさ・醜さが、
あなたとぜんぜん没交渉の事がらですか。

もちろん、答はノーでありましょう。

 今、わたしとこの紙面で交わした問答によって、
あなたは、いつもはあまり意識していなかった
(身近の人たちの心のあり方と、自分自身の人生とのつながり)を、
ハッキリ意識されたこととおもいます。

 それならば、そういった意識を、
もう少し広く世間へ広げていってごらんなさい。
たとえば、あなたの家の隣近所の人たちの気だて、
あなたが買物をする店の主人や店員の精神、
あなたが乗るバスや電車の運転手の心がけ、
そういったものが、あなたの人生となんらかかわりがないかどうか。

 もっと大きくいえば、
地方目治体の役人・議員や、国の政治をつかさどる首相・各省大臣や、
国会議員などの魂のありようが、あなたの人生となんらのつながりがないかどうか。

 さらに考えを広げれば、
会ったこともない他国の人びと、
たとえば毛沢東、コスイギソ、ニクソン、ドゴールという人たちの精神の方向が、
あなたの運命と全くかかわりがないかどうか。答えは、自明のことでしょう。

 この世に生きとし生けるものは、どこかで必ずつながりをもっているのです。
ぜんぜん他と孤立して存在しているものは、ひとつもありません。
この道理を、
仏法では〈諸法無我〉というのですが、とにかくこの道理に目ざめてみれば、
自分ひとりだけが心のしあわせを得ても、
ほんとうに幸福にはなりえないのだということが、はっきりわかってくるはずです。

 早い話が、
あなたが今の瞬間においては幸福感を味わっていることができても、
さまざまな天災や人災は遠慮なく空から、海から、川から讐てきますし、
一歩外へ出れば交通戦争の修羅のちまたです。
犯罪者は、
いつ、どこであなたの生命・財産をねらってくるかわかったものではありません。
最大の脅威は、核戦争です。
万一これが始まれば、あなたの今の幸福などは木っ端微塵に吹き飛ばされてしまいます。

 そこで、あなた自身・あなたの家族・あなたの子孫が、ほんとうに幸福になるためには、
どうしても社会全体・世界全体を変えなければならないのです。

 それも、政治のやり方や社会の体制をどう変えてみたところで、
その効果はほんの表面的なことにすぎず、
人間の心を根本から改めないかぎり、ほんとうの救いに達することはできません。

 たとえば、老人保護施設の完備している欧米諸国の老人が必ずしも幸福ではなく、
どちらかといえば家族の庇護に任せられている
日本の老人のほうが幸福である事実が、その片りんを物語っているのです。

仏教のいのち法華経(P46~49) より
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

いかがだったでしょうか。

あなたの心には、どのように響いたでしょうか。


 私は、そのような意味でも庭野日敬氏の提唱しました、
明るい社会づくり運動(現在のスタイルではなく)が、
果たすべき役割が大きいと考えています。


「日々 新たに」
お互い様に、様々なご苦労があると思いますが精進・努力して行きたいと思います。

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

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