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明るい社会づくり運動のさらなる発展の為に、地域の「生の声」を聞いていますか。 [インタネット講座「拓塾」]

私が行いました、
明るい社会づくり運動の実態調査から
様々な事を教えていただきました。

その中には、
順調に活動を進めている地域もありましたが、
逆にまたそうでない地域もありました。
また、順調に活動を進めている地域と、
またそうでない地域の中にも、
共通点がある事が分かりました。

明るい社会づくり運動が今後さらなる飛躍をして行くためには、
現状の利点と不利点の
解析をする事が必要不可欠になると思います。
その為には、
現状がどうなっているのかを知る必要があると思っています。

現状の把握を行い、
現状の分析がしっかり出来ない限り、
本当の意味での利点と不利点の解析が出来ません。

また、正確な現状の把握や分析が出来ない以上、
その為の効果的な対策を講じる事は難しいと思います。

その為には、
時には辛い現実とも向き合わなければならない事もあると思います。
でも、そこから逃げる事無く、
前向きに取り組む姿勢を示す事が求められていると考えます。

私の所にお送りいただきましたメールの中に、
大変重要な意見をお持ちの方がいらっしゃいました。

その方は長年の間、
明るい社会づくり運動に携わって来られた方です。

また、庭野日敬師の思いを理解し、
ご自身の地元で大変に努力された方です。

それだけに、
明るい社会づくり運動の実態をご自身の目でしっかりと見つめ、
現状を把握している方です。

そして分析をなされ、
課題点からその対策までをしっかりとしたお考えをお持ちの方です。

以下に、ご紹介をさせていただきます。


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報告書より

 明るい社会づくり運動の組織において地区協議会が当面する共通課題として、
役員やリーダーの高齢化や不足に悩み、世代交代が進まずそのまま組織の活力の停滞を招き、
有効な手を打てないまま組織の解散や運動の実態のない地区もでてくるようになった。
 停滞を招く原因としてリーダーの意識に大半の理由があるように見受けられる。
役員としては会員から会費や協賛会費を募り、
運動方針を決めた以上活動をやめるわけにはいかないと考えてはいるが、
意識がそれ以上でもそれ以下でもなく活動は一応継続されているが、
活動の範囲を広げたり頻度を上げたりといった発展的な取り組みに欠けており
現状維持ということになる。
したがって新たなメンバーが加わるチャンスも生まれにくいという悪循環が生まれくる。
 さらに「中心となり、下支えするメンバーが不足している」ということについては
組織の中でリーダーの育成がうまくいっていないという状況も見えてきます。
従って必然的に、リーダーの世代交代は難しくなります。

 昭和40年代後半に先駆的リーダーにより、
全国の都道府県を網羅するかたちで上位下達方式に組織化された明社運動は
任意団体 ― 法人化 ― 任意団体と組織も変遷してきた。
 運動提唱者の精神を原点として自治体単位に組織化され、
地域に根づいた活動を推進してきているが、
どちらかと言えば、「大勢で一緒にやる」エリア型の活動は伝統的に強いが、
テーマ型を目指すNPOやボランティアグループのようなNPO型の活動は不得手であった。
従って地域のネットワーク化を目指し法人化されたときには、
エリア型活動で進んできた伝統的組織である明社組織内に、少なからず混乱をきたした。
 明るい社会づくり運動が取り組むテーマがエリア(地縁)型であれ、広域にわたるテーマ型であれ、
永年の間、当面している課題解決のための取り組みに没頭するうちに、
取り組みそのものを維持することが目的化してしまいがちで、
そこには、課題の変化が見えなくなってしまい、柔軟な対応ができず組織の硬直化を招くという
落とし穴があったのではないかと思われる。

 特に次世代や若者が参画するような企画が少なく、
組織が新たな課題にチャレンジするエネルギーを得るという大事な側面が欠落している。
課題の変化に対応するという組織の柔軟な取り組みが
様々な世代が関わり合う環境をつくることによって可能となるが、
次世代との協働をすすめる取り組みが組織の柔軟性を生むことで
活動が活性化するということもあるわけです。
従い、テーマ型にせよエリア型にせよ組織の結束が維持されていくには、
この点の理解をもとに組織内部の役割分担を明確にして機能のすみわけについて
合意を得るということが、まず内部の協働力を強めるポイントであると考えられる。
それを課題としてとらえるならば、課題の変化に対応するチャレンジを積極的に行うこと、
組織の活動や運営の中に積極的に異世代協働をつくりだすことが大切だということになります。

そして責任ある活動ができるように研修や養成の機会(人材養成事業)を
具体的に用意する取り組みが大変重要です。

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お互い様に、様々なご苦労があると思いますが精進・努力して行きたいと思います。

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆
庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページはこちらです。
                      http://www.meisha.me/
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世界宗教者平和会議と明るい社会づくり運動(1) [インタネット講座「拓塾」]

前回のお話から、ご自身で資料を探したり、

正確な情報を確認した方が、どのくらいいらっしゃるでしょうか。

私は、以下の立場を常に取っています。

インターネット講座 拓塾 -塾 是

「拓塾」は実践的理論追求の場であり、活動体である。

単なる情報提供、教養を身につける場ではなく、

自己改革(自分づくり)の場であり、

社会改革(社会づくり)を実践的に促進する場である。

インターネット講座 拓塾 - 行動指針

一、自修自得   
自修自得を基本として切磋琢磨・自己改革をはかる。

一、先駆開拓   
   進取の気性・開拓精神・意欲を養ない、時代の先駆けとなる。

一、知行合一   
   知識は行動してはじめて意義がある。
   行動につながる学び方を身につける。


このブログをご覧いただいている皆さんが、

本気になり、

行動を起こさない限り何も変わりません。


是非、

ご自身で出来る事でかまいませんので

アクションプランを考えてみて下さい。


さて、今回は

「世界宗教者平和会議と明るい社会づくり運動」についての

庭野日敬師のお言葉を資料として提示させていただきます。

あえて、私の注釈は付けません。

出来る事であれば、

一度だけお読みいただくのではなく、

くり返し・くり返し読んでいただき、

庭野日敬師のお心に触れていただければと願っています。


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宗教団体も組織ができてしまいますと、

「自分の教団の教えだけが正しい」と考え、

排他独善になる傾向も見受けられます。

ところで、私は仏教徒であり、

私どもの教団では『法華経』を所依の経典にしており、

「さまざまな仏さまが因縁によって

菩薩さまの名前で出現してくるが、

そのもとをたどれば

究極(本仏)は同じである」との立場をとっています。

こう考えますと、

神道ともキリスト教とも協力し合うことは可能なわけです。

このことは、

私が、昭和四十年にキリスト教の総本山ともいうべき

バチカンの公会議にご招待を受けたときの、

ローマ教皇

パウロ六世猊下の言葉でもはっきりわかります。

猊下は

「今後、宗教者同士が協力し合い平和に貢献すること以外、

宗教者の進むべき道はない」と

話されたのであります。                
                                       
 (S52・9・佼成新聞より)



私はパウロ六世にお会いするまでは、

カトリックはけしからん、と悪口を言って歩いたのです。

なぜかといいますと、カトリックは二千年もの伝統をもち、

世界宗教として

絶大な影響力を世界の人びとに対してもっているのに、

その大宗教が、

他宗教に対してひじょうに排他的な

態度をとっているとしか見えない。

愛と平和を説く宗教が、

他の宗教に対して排他独善の態度をとっている限り、

宗教は人類の平和のために

何の役割も果たすことができない。

宗教の根本義は一つであり、

神も仏も、

生きとし生けるものの平安を願うことしかないはずだ。

世界の平和を実現していくには、

どうしても

世界の宗教者が協力していかなければならない。

そのためには、

世界の宗教界に最も大きな影響力をもつ

ローマ教皇が、

まず世界の宗教者と手をにぎろうという

姿勢になってもらわなければならない - 

そう痛切に感じていたのです。

その私の願いを全国を回って話して歩いたのです。

(中略)

カトリックは世界中に布教網が行き渡っていますから、

どこの国には、

どんな宗教団体があって、どんな活動をしているか、

というような世界各地の宗教の

動きをことごとくキャッチしているのですから

(中略)

私のことをご存じないはずがなかったわけです。

それを万事ご承知で、

パウロ六世が

私を百年に一度開かれるバチカン公会議に

招待してくださったのです。

私のほうは、

そんなこととまったく知らずにバチカンに行ったのですが、

向こうでそれがわかって、

「さすがカトリックの教皇さまだ、

とえらく感心させられたのです。」

そこで、

教皇さまにお目にかかってお話をうかがってみると、

教皇さまが、こうおっしゃられたのです。

「キリスト教だけで

人類を救おうなんておこがましい考えをもっていたのでは、

世界平和実現の使命は果たせるものではありせん。

キリスト教徒が

仏教徒のために祈り、

仏教徒がキリスト教徒のために祈るという

宗教協力によってのみ、

宗教者が人類に貢献していく道が開かれるのです」

その謙虚なお言葉をお聞きして、

「これは素晴らしい宗教者だ、

さすが二千年の歴史をもつカトリックの教皇さまだ」、

と私は心の底から敬服させられたのです。

二千年来、代々の生き神さまと奉られ、

異教の存在すら認めなかった

カトリックの教皇が伝統の殻を打ち破って、

キリスト教徒と

仏教徒が手を携え合う宗教協力によって

世界の人びとに

平和を呼びかけていかなくてはならない、

それ以外に宗教者が人類に貢献できる道はない、

と慨悔をされたのですから、

これは勇気のいることです。

その教皇さまのお言葉を聞いたとき

私は、「こういうかたがいらっしゃるなら、

世界宗教者平和会議は成功間違いない」と

絶対の確信をもったのです。              

 (S53・3・月刊誌 躍進より)


バチカン公会議から帰ってみますと、

すでに日本では

カトリックとプロテスタントのかたがたが、

すっかり仲よくなっておりました。

これからは一緒にやっていこう、

という空気がみなぎっていました。

私はそれをみまして、

リーダーが頭を切り替えることが、

いかに大事なことか、

リーダーの責任の重大さを思いました。

パウロ六世も、

そのことをだれよりも深く感じ、

まずみずから俄悔して、

人びとに本当に幸せになってもらうためには、

神さまのご守護のいただけるような

状態にならなければならないとお悟りになり、

宗教協力を訴えられたのであろう、

と私は拝察申し上げているわけであります。

いわば生き神さまとして、

二千年の伝統をもつローマ教皇が、

みずから一介の人間になって俄悔をされ、

われわ凡夫の人間同士が

仲よくならなければ、世の中が良くならない、

それができなければ、

宗教者になった意味がないのだ、

と立ち上がられたのであります。

私が自信をもって

明るい社会づくり運動を提唱いたしましたのは、

この教皇の影響があったからこそです。 


              (S52・8・速記録より)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※私は、2~3回読んだ事は読んだとは見なしません。

それは、読んだのではなく見たのだと認識していますので、

くり返し、くり返し読んでいく事により、

今まで気が付かない事に

気が付く事がありますので、

必ず実行してみてください。


私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆

庭野日敬氏の目指した明るい社会づくり運動のホームページはこちらです。
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庭野日敬師の御心をどこまで、ご存知でしょうか、 [インタネット講座「拓塾」]

 先日、思いがけない本を手にしました。

それは、私がいつも手を伸ばせば

届く所に置いてある本でした。


 十数年前に、

地元の佼成会の古い幹部さんだった方が、

私の家をわざわざ訪ねてこられ

「佐藤さんは庭野先生(開祖様)の事を

一生懸命にやっているようだから、

私が持っている資料(本など)を

差し上げるからもらってくれないか。」と

言って下さいました。



私にすると一つでも多くの資料が

いただける事がどんなにありがたい事かは、

理解していましたので大変感謝して、いただきました。


 その後から、現在でもとても大切にしております。


 その中に

「立正佼成会における本尊勧請の経緯とその意義

 昭和43年3月5日発行」

という本がございました。


黒表紙に銀色の表題になっており、

副題に「本尊観の確立のために」となっています。


 その本に書かれている事を、

私はとても大切な事だと受け止めていますので、

いつでもすぐに手を伸ばせば届く所に置いて

時々に、書かれている事を確認していました。


 そんな折、

先日すぐ隣にある資料を取りだそうとしましたら、

この本の存在がとても気になりましたので

何気なく手に取り、

パラパラと開くとある個所が目に留まりました。


 今まで何度となく開いていましたが

特に気にかける事無く読んでいた個所でした。

そこには次のように書かれています。


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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 世界の現状をみる時、

宗教の果たすべき使命が

いかに大きいかということを痛感いたします。

 科学エネルギーの利用といった

物質文明の高度の発達に比較して、

人間の人格の向上といった精神文化が

いかに遅れていることでしょう。

この両者のアンバランスの中に

現代人の危機があり、最大の問題があるのです。

現代人がその危機をのりこえるために、

精神文化の高揚が叫ばれ、

したがって、

人類の普遍的な指導理念が

つよく要望されるようになります。

古来から、

東洋人は精神文化にすぐれ、

西洋人は物質文明にすぐれていると

いわれていましたが、

今こそ東洋人はその特質を生かして、

全人類の幸福のために貢献すべき時がきているのです。


 そのためには、

現代という時代がどういう時代であるのか、

また、未来はどうなるのかという点についても

正しく洞察して、過去の思想や行動に反省を加え、


西洋人のすぐれている点や

長所特質についても、じゆうぶんに学ぶ必要があります。


 とくに、広く西洋の諸宗教および

諸思想と東洋の諸宗教と諸思想との間に

(大いなる対話)をする必要があります。

その対話の積みかさねによって、

東洋思想と西洋思想との長所を備えた、

そして今までの東洋文明とか

西洋文明とかいう考え方や、

精神文化、物質文明という考え方より

もう一歩奥に進んだ、内容の高い、

普遍的な人類の指導理念を確立し、

それによって新しい形の文化文明を築いていくことが

必要であると思います。


 そのために、

日本の宗教者に裸せられた役割は、

まことに大きなものがあります。

とくに中道の教えを説く(仏教)には、

あらゆる宗教および思想との対軒に欠くことのできない、

すぐれた理念を含んでいます。ですから仏教徒には、

宗教者としての大きな使命があるといわねばなりません。

 (P91~P93)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 まさに、昭和44年4月27日 香川県高松市に於いて、

「四国大会」の庭野日敬師の講演で

「明るい社会づくり運動の第一声」で

お話いただきました事と同じ事を、ここでお話しているのです。


庭野日敬師が、

「立正佼成会における本尊勧請の経緯とその意義

 昭和43年3月5日発行」。

ここでおしゃっている事の先に

「世界宗教者平和会議」や

「明るい社会づくり運動」もあるのだと受け止めています。


 私はまさに庭野日敬師の心からの叫びだと受けとめました。


 特に、立正佼成会さんにおける

大切な御本尊さんのお話の中で

この事が出て来ている事が、

とても意義深い事だと考えています。

庭野日敬師は、

たまたま気まぐれで「明るい社会づくり運動」を

始めた如くおしゃる方が多々いると聞いていますが、

実はそうではく

大切な御本尊さんとのご縁で、

スタートしたとても大切な活動である事が

ご理解いただける事と思い、ご紹介する事としました。


 この事をもっと深く探求されようとする方が


いらっしゃるようでしたら、


実際に手に取り拝読されると、


庭野日敬師の御心に触れる事が出来ると思います。


私達は、亡き庭野日敬が残してくれた形式だけを尊ぶだけではなく、
もっと深く庭野日敬師の御心を理解する事が、今 求められていると私は受けとめています。

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あなたに出来る事・私に出来る事を通じて、よりよい明るい社会づくり運動にして行きましょう。

私の今年のキャッチフレーズは、「前に、さらに前に前に・・・・・」

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